坂本和正の考え方 -Keyword-

家具は都市 / 家具を皮膚化する / 家具に屋根が乗っている / 家具は光を捉える / 家具は光を受け流す / 光と影は常に生活の一部である

私たち進修館の家具設計チームのスタッフは、まず出発点として実際に在る家具に考えをめぐらせた。

まだ、スティールパイプやプラスティックスが高価であったころの小学校の椅子と机。組立はいかにもぷっきらぼうだが、いたずらして小刀で傷をつけても頑強で、そしてぬれたぞうきんで拭けば拭くほど黒びかりし、たのもしかった。それも今では最産メーカーの、子供の発育と姿勢などというもっともらしい宣伝文句のまえに、いつのまにか姿を消してしまった。また、古ぼけた白い布をかぶせた応接間のソファ。かつて機能的な椅子を追求する人たちはそれを見て、ふかふかすぎて一度座ったら立ち上がれないとあざ笑った。だがそれは公的な室内の中で座のシンボルとしての役割を果たしていた歴史に出てくる王様の椅子、背が高くきらきら飾りがついていて、いかにも威厳があり玉座の位置を占めている。唐草模様がほどこされたニス塗のキャビネット、宝物でも入れるのか金満家に心ゆくまで満足を与えていた。そして植民地から持ち帰ったすずしさいっぱいの情緒的な藤の椅子。伝統などとあえて力まなくてもずっと使っている和室の座卓。それは電気コタツにも形を変えて生きつづけている。
まっ白で四角なモダンな家具、クロムメッキやステンレス、それに色とりどりのプラスティックスで形どられた椅子やテーブルは喧操で即物的な現代をいかにも象徴しているのか。それは美貌だが長持ちしない消費材として移り気につぎつぎと容姿を変え愛想をふりまく。見直された東西の民芸家具これはなぜか名称とはうらはらに特権マニア的だ、日常雑貨として使われることを忘れてしまったのだろうがなどなど…。

次にできるだけ現在の家具の既成概念からはなれたところでスタッフがエスキースを持ち寄ることにした。数多くのエスキースと模型を進めるうちに家具をどのようにまとめていくかについて、いくつかの基本的なエレメントと、それを体系づける考え方が提案された。
家具はその形で人の姿勢をいろいろに強制する。このことは椅子を例にとってみれば、人は少しずつ体を動かしながら椅子に座っている。ひとつの心地良さに満足すると、次の心地良さへと気持を変える。休憩しながら刺激を常に求めているのだともいえる。その刺激とは、すなわち触覚的なものではないだろうか。なめらかな面に始まって、ぎざぎざしたもの、ごつごつしたもの、突起の連続、たくさんの穴があいた面などは触覚的である。こうしたエレメントな家具に積極的に取り入れること、具体的には椅子の背や座、テーブルの甲板の木端などに触覚的な形を与える作業を追いつづけようということであった。いい換えれば家具を皮膚化することでもあった。
建築空間の中で、家具は使われるものだとしても、装飾的に置かれるものだとしても、建築と家具の関係、家具と家具の関係について考えておかなければならない。家具は建築の中で移動する。それは人の日常の行動の足跡を残像のように残し、配列を変える。家具は単体としても成立しているが、その単体がそれぞれ固有な形を保ちながらも沢山集まって群をなしている。それらは集合体として捉えることができる。集合体、これは大小の建物が林立する都市をイメージさせる。「家具は都市」という命題はこのとき提出された。

都市を家具のスケールに凝縮する、建築を家具のスケールに凝縮する。たとえば西洋の古い家具などにも建築と同じような柱や柱頭がついていて、屋根がのっていたりするのがある。建築の中にもうひとつの建築があるようにも見える。家具に構築的なものが取り込まれている。または家具を構築しているといっても良い。
建築をそのまま家具に凝縮する。それは進修館の建築の形の一部を取り、建築の軸をなす基準線、すなわち放射線が走り、角度が現れ、グリッドが規定し、同心円が波紋を描く基準から、家具もその基準になるものを捜し選び出し、カーブを描いて行くことであった。また、椅子、スリット、切断といった建築で用いられている手法を取り込むことであった。建築の形式に情緒的に迫るのではなく、進修館の建築から切り取り、掘り出すことでもあった。 家具が光を捉える、家具が光を受け流す。光と影は常に生活の一部である。人は日ごろ空間が明るいとか暗いとか漠然とした感覚で行動しているようだが、物を見て感動するとき、物の持つ意味も当然のことながら、そこにはいつも微妙な光が作用しているのに気付く。光と影の相対関係が物を語らせている。
偏平な世界、明るい部分だけではなんとたいくつなことか。家具もまたそのfigureだけでは自分を主張しない。断続的な光、ゆるやかな光、集中する光、拡散する光、透過したり反射したりする光を自らが作りながら初めてformとなる。テープルの木端、椅子の肘や脚の角、キャビネットの扉面や枠、取手、つまみに至るまで光と影の作用を十分に考慮しながら形を考えて行く作業が進められた。

岩の塊や大樹や動物に人と同じ魂が宿ると思われていたころ、人びとは自然を畏れ、ひたすら収穫の良きことを祈った。物を造るという意識も今日とちがう意味あいがあったと思う。当時の器の模様や土偶の形には原始的本能の表出が見れる。エスキースの最中、このような形にも興味をひかれた。その場に昔からあったであろうと思われるような形,過去の形象をコピーするのではなくて、本来の始原的な力を椅子の形に複権させようとした。
こうして、私たちのチームは数えきれないほど山積のスケッチと模型の繰り返しの中から、約100点にのぼる家具の設計作業を進行させた。家具の脚は1本ずつ格子柱になり、三角形の基準線や、直角グリッドにのせられ立ち上がった。椅子の座、テーブルの甲板は穴があけられ、ガラスブロックをはめこみ、直線とカーブで輪郭を定めた。
小ホールの家具は議会の時に円卓になり、常時は分解してコンサートの客席になる。ボランティア室、会議室では椅子「ロミオとジュリエット」があり、会議室ではテーブルは組合せになっている。食堂は料理教室も可能な厨房兼食事の形式をとり、大ロビーでは休憩の他にバザーの時の展示台や展示パネル、展示柱も用意されている。
一方、家具を実際に製作することを念頭に置いた場合、これらの家具が製作可能かどうか、かなり問題だった。現代の生産手段ではそれ相応の限界もある。しかし、すべてを過去の手仕事にたよれるものでもない。実現のためには実際の工場の様子を識るだけでなく、切削工具1本についてまで設計面で考慮した。しかしこのことは、けっして機械でつくりやすいようにではなかった。むしろ機械工具を限界まで設計に近づけることであった。また設計チームのスタッフが、自から鋳型の原型をつくり、実際に木を削ることで設計の意図を達成しようとしたのである。

新建築1981年10月 進修館
家具は都市