坂本和正の考え方 -Keyword-

内なるものの復権

内なるものの復権

モダンデザインは環境をさわやかにしたが、人々の心の問題に立ち入るまでには至らなかったと思う。1世紀前の世紀末芸術が家具や建築の形に深い影を落としたその後を受けて、20世紀のデザインの進展は目覚ましいものがあった。しかしそのさなか、人間の内面に触れるような事柄は意識的に避けてきたきらいがある。そのようなテーマは、造形芸術や音楽、そして文学、演劇、映画といった分野が引き継いできた。私はここで自分も恩恵を受けた近代化に対して真っ向から反発しているわけではない。むしろその延長上にモダンデザインがこれまでネグレクトしてきたことを画いてみたいのである。
ここで家具に限っていえば、家具を空間の一見しゃれた付属物とみなすか、存在の匂いのするものと見るかによって、話はかなり違ってくるということなのである。
数千年の人類の営みは地球上のあらゆるところに優れた造形を、また時代のエポックを生み出してきた。それらが実用的か非実用的であるかにかかわらずである。なかでもプリミテイプアートは原初的本能を表出していて、生命と物の形の一体となる有様を文句なしに示している。長い歴史の積み重ねの後に前世紀末に現れた西洋家具に見られるアール・ヌーボーの動向は、本格的な近代の幕開けに直面したヨーロッパの心の苦悩の現れと見ることができるだろう。
私は1990年代をむりやり世紀末的現象に結びつけるような期待はしていない。しかし一方で、今の世界があまりにも速いテンポで様変りするため、人の心はどうなるのだろうかという問いかけも顕在化してきている。ここで中世とか原始に後戻りするわけにはいかないが、デザインという行為が心の問題へ接近する時期が到来しつつあるような気がする。とりわけ家具は生活に身近なものなので、物理的機能から脱却し、心理的機能とでもいうべきことが追求されるようになるだろう。私は今、家具が建築という空間のもとでふつふつと人間の内なるものを復権することを夢みている。

デザインの現場 1991年4月 No.47
家具の存在感 -東京サレジオ学園の仕事-