形の原型

香港や台湾の廟を訪れた人ならだれしも渦巻形の線香が軒下にいくつも垂れ下る光景を思い出すであろう。真っすぐな線香しか知らない私達には何とも奇異な第一印象である。そもそも私達は線香の細く垂直な形姿の中に、気持を正したり精神を集中する行為を無意識に集約しているのである。
線香の発祥がどこにあるのか調べたことはないがあまたの宗教祭儀に香りが大切であったことはうなずける。香りを発する線香はまた、細い煙をたてる点火でゆっくりと侵されてゆき、念じ事や思いをそれに吸い込み、さらにまた想像を拡げる時間をもたらしているのである。
時計の無い時代には、線香は時間を測るためにも使われた。遊廊で線香の火がともっている間だけ女郎と忍べたなどという粋な例もある。時が過ぎゆく気配と初めと終りの気分が線香にはある。

話はもとに戻って、この中国廟の渦巻線香は何を意味しているのだろう。おそらくそれは様式のために丸められたのではなく明らかに蚊取線香と同じ原理に起因している。直線でなく螺線にすることで長さを稼ぎ、できるかぎり時間を伸ばそうという意図がうかがえる。はかなさよりは、旺盛な希求がそこに感じられ、中国人ならではの宇宙観とでも言おうか。
理屈はともかく、いずこからかこのような形が完成し、それが群れ吊り下がるさまは私に強烈な形の原型を見せてくれている。宗教的な場だからだけとは言えない確実な形の言葉を発しているのである。今日のデザインで、幾何学的構成を意図したものが、応々にしてそれ止まりであるのに比らベこれには超越した造形言語がある。
地球上のいたるところで先人達が成立させたこのような原型をいくつも探し当てることができる。私は、自分の仕事にそうした存在感を継げ投入するように学んで行きたい。

aaca　1990年10月
形の原型