坂本和正の考え方 -Keyword-

テーブルに投影する心理

テーブルに投影する心理

今の一般家庭の食事テーブルはほとんど四角い形をしている。建て売り住宅やマンションのDKには何の疑いもなく四角い食卓セットが配置してある。テレビのホームドラマの食事シーンもまたしかりである。それが四角形なのは部屋が四角いからなのだろうか。いつの日からこれが常識になったのかを辿ってみると、三十年程前の小住宅や初期の公営アパートに行きつく。当時の狭いなりにも様式の生活を取り入れたいという願望の現れである。百二十センチ×九十センチの長方形のテーブルに、夕方帰宅した父親を中心に一姫二太郎が席につくだんらんの家族像は、設計者の描く夢でもあったのだ。
それ以前はどうかといえば、大抵の庶民は畳の上に丸い卓祇台(ちゃぶだい)を置いてそれを囲み、家族が大勢の時は入れ替わり順番に食事をとっていた。その有り様は昔の小津安二郎などの映囲を想い浮かべていただければお分かりだろう。
中華料理店の丸テーブルでは、丸く囲む事で全員の会話が交じり合い饒舌となる。それに比べて洋風の四角いテーブルでは、正面と両隣との話が多くなる。四角の効用は厳格さにあり、契約事や親が子に説教する時に対峙するのにふさわしい。互いに斜め横向きで約束すれば、後でトラブッたりすることにもなる。
こうして見ると、テーブルの形は人の心理に大いに作用していると考えてよい。アメーバー状の不定型なテーブルで人はリラックスした気分になり、三角形のテーブルでは非日常的な快感を抱かせる。形の遊びの追求もさることながら、人間の行動心理にこれからのデザインの鍵がありそうである。

産経新聞_1991年8月~1992年1月
デザイン人類学