坂本和正の考え方 -Keyword-

チャンネル人間

チャンネル人間

夏休みになると毎年どこの映画館でもこども向けマンガや動物ものを上映する。幼い子を持つ親たちは一度ならず、それにつき合わされることとなる。
大阪万博の頃、著名なテレビディレクターから聞いた話だが、ある母親が我が子を連れて行列までしてその映画館に入った。映画が始まって五分ほどした時、それまでおとなしくしていた子がいきなり言ったそうである。
「ママ、この映画つまんないからチャンネル変えてよ」
その子も今では二十歳過ぎの若者になっているはずである。今時の若いのはとオジン臭い言い方をするまでもなく、今の世の有り様は何かにつけ彼らが得意とする選択の自由の時代である。彼らは生まれたときからテレビ番組を切り替え、好きなジュースを自動販売機のボタンで選ぶ環境に育ったのだから無理もないだろう。試験の解答さえも丸を付けて選ぶことしか知らないのである。身の回りに豊富な物が有り、色々面白そうな事が山ほどそろっていれば、それらを次々とセレクトして生きていれば良い、となるのだろうが、前の世代の私などはその気安い即物的行動を見るにつけ彼らはまさしく「チャンネル人間」ではないかと腹を立てたくなることもある。
社会の環境システムのコンピューター化は、さらにそれを助長するかのように追い打ちをかける。最近ではインテリア設計のためのソフトなるものが開発されているが、キーボードで選び、組み合わせればそれでデザインは完了だ。まるでプラモデルを組み立てるそれに似ている。いまや、人間の創意工夫はどこへいってしまったのだろうか。
こうしてつくられたインテリアに少なくとも私は住みたいとは思わない。

産経新聞_1991年8月~1992年1月
デザイン人類学