坂本和正の考え方 -Keyword-

「あいまい」は華麗

「あいまい」は華麗

私の仕事場に研修にきたブラジル生まれの日系人学生が、彼女の目から見た日本の感想を色々と語ってくれた。その初めての日本の不可解なあれこれの中で、私も傑作だと同感し、大笑いした話がある。それは、彼女の友人の留学生が街でウェートレスのアルバイトをした時のことなのである。
席についた客がいきなり「ビール二、三本持ってきてくれ」と注文したので、びっくりして「二本なのか三本なのかはっきりしてください」と聞き直したのだ。そうしたら、ものすごく怒られて、ますます困惑してしまったというのである。
私たちは、こうした外国人にとって理解し難い「あいまいさ」を上手に使いこなし、平気で生活している。このことは、考えようによっては西欧的な社会よりも穏やかで“華麗な”生活をしているといっても良いのではなかろうか。
「あいまいさ」は俳句では韻を踏むことに通じ、「古池や蛙飛び込む水の音」で十分趣が伝わる。西洋人には「オールドポンドにフロッグがジャンプしたサウンド」は面白くないだろう。
インテリア・建築の分野でも、似たような点が、伝統的住宅の障子や襖でしか仕切らない「あいまいさ」の境界についてしばしば言われてきた。そこには、西欧的プライバシーは皆無なのである。
今日の住宅は、エアコンの普及と相まって、個室化が急速に進んでいる。個人を尊重した個室=プライバシーの確立も大切なことではあるが、その住人は、どうも成熟した個人主義ばかりとはいえそうもない。
これからの日本の住宅を考えるうえで、個室と個室の関係のあり方に、この慣れ親しんだ「あいまいさ」の“華麗な”生活感情を加味することも知恵のひとつだろう。

産経新聞_1991年8月~1992年1月
デザイン人類学