坂本和正の考え方 -Keyword-

歩く姿は街の風俗美 / リュックサック

歩く姿は街の風俗美

五、六年前から、街でリュックサックを背負った若者たちが行き交うおかしな光景を目にするようになった。最初の頃は、自転車が盛んになったのでなる程と思っていた。しかし、今やこの格好は若者の間では爆発的人気らしい。
週末の郊外へのハイキング姿ならそれは当然のことだし、学生の自由な通学スタイルならまだしも納得がいく。ところが、オフィスの会議室でも、街のレストランでも、所構わずそれで現れ、リュックサックをドサッと脇に置いて席につく。いつの時代にもある大人社会への反抗の姿勢かと思いきや、そうでもないらしいのでよけいに分からなくなる。
とりわけ若い女性のブラウスとスカートでのリュック姿はどうみのいただけない。だいたい、日本人のおおかたの体形は少し前かがみでアゴが上向き加減である。リュックを背負うと、さらに前かがみでバランスを取るから胸を反らせないはずである。ところが、最近の女性の大半はまっすぐ胸をはったまま、リュックを背にぶら下げて歩いている。幼稚園児がそのまま大人になったみたいである。リュックサックとは、ドイツ語で背袋という意味であり、従来、重い物を担いで長距離を移動するための道具であった。日本の風呂敷にしても、町中では手に下げるか抱えて歩いた。そして、それは道中旅姿となった時、一転して背負い結びとなる。思うにリュック姿は日本を旅する若い外人たちを真似たものに違いない。
もっとも、どんな格好をしようと本人の勝手で、とやかく言う筋合いではないが、街のシチュエーションと身づくろいの関係もまた、風俗美のひとつだと思う。旅姿を連想させないリュックサックのデザインを考えてみるのも面白い。

産経新聞_1991年8月~1992年1月
デザイン人類学